【徹底インタビューその2】パズドラはこうして生まれた

徹底インタビューの2本目(合計5本)です。

パズドラの生まれたきっかけ

– 改めてですが、パズドラのきっかけの話を聞かせてください。
誰が、何を、どんなアイディアで始まったんですか?

山本:
僕はもともと2011年7月にガンホーに転職してきて、1週間で企画出せ、って言われてたんでこれまで温めていた企画と、その企画を出す直前の2日ぐらい前に思いついたパズドラの原型の企画があって、AppBankさんのインタビュー(過去のインタビューはこちら)でも語り尽くしている話なんですけど、あの「Dungeon Raid」っていう海外の天才的によくできていたゲームがあって、春から夏にかけてほんとはまってて、一番はまってたのは4月ぐらいですかね、その時はただはまってただけなんですけど、たまたまガンホーに入ったあとに、あれこれいけるんじゃないか、って思いだして。

パズドラ インタビュー


参考: Dungeon Raid


– パズドラの企画書を書く前に書いてた企画書ってどんなんだったんですか?

山本:
それはきっとこんなにヒットしてないんですけど、タワーディフェンス系の斬新なやつって思ってたやつです。

– タワーディフェンスとパズルでパズドラってのは全く違うものですね。

山本:
全く別物でしたね。
で、社長の森下に見せて、森下も即答で「パズルだね」って言ってくれてスタートですね。

– じゃあ入社して1週間後にはパズドラ、と。

山本:
そうですね。1週間ですね。
1週間で企画を通してその後手続きとかあって、2週間後には着手してましたね。
僕は7月19日入社なので、8月上旬ですね、始まったのは。お盆休みも作り始めちゃったんで、もう作り続ける感じで。

パズドラはアーケードゲーム!?

– 従来のソーシャルゲームの課金の考え方が変わってしまったのではないか、とすら言われているコンティニュー課金という考え方ってどこから生まれてきたんですか?
あと今でもパズドラって半分ぐらいコンティニューですか?

山本:
売上の構成比でいうと今はもう変わってきていて、一番いい形かなと思ってるんですけど、運用しながらバランスうまく取りながらやれていて、バランスよくできてます。
コンティニューだけじゃなく、ガチャ、スタミナ、あとボックス拡張とか、その辺がそれぞれ同じぐらいのバランスになっています。
フレンド拡張がまだちょっと少ないですね、比率的には。

パズドラ パズル&ドラゴンズ


去年4月に行われたインタビューでは課金の大半がコンティニューだった。
参考: パズドラに業界騒然!山本大介氏インタビュー


– 初期のパズドラと今のパズドラって難易度が結構違うと思うんですけど、バランス変わってきてるじゃないですか。
初期のころはもっと難しかったイメージがあったし。
で、初期のユーザーにとってはコンティニューは麻薬でしたね。魔法石1個使うだけで、ボスを続きから殴れるなんて最高!みたいな。嬉しかったです。
そういう遊ばれ方をする、って想定だったんですか?

山本:
そうですね。
もともとアーケードゲーム作りたくって最初ゲーム業界に入ったんですけど、アーケードゲームだったらこういう風に作るかな、って思いがあったんで。
本当はパズドラって結構敷居高いんですよ。
レベルデザイン的にも要所要所で壁を作っていたりとか。
そこをコンティニューで気軽に進めちゃうっていう感覚は本当にアーケードに近くて、ワンコインでクリアしようと思えばやり込めるし、実力上げてクリアしようと思えば実力でクリアする楽しみももちろんあるし。
そういう意味でいいバランスだったと思いますね。
コンシューマーだとそういうバランスのとり方ってできないから、難易度イージーからベリーハードまであったりするんですけど、ただ、なんか自分が初心者だからってイージー選択するの嫌じゃないですか。そういうのをなんかすべてちゃんと難しい面も作りながら、カジュアルユーザーも遊べるように作りたくて、いい落とし所だったかな、と。

– ほんとそうですね。
スマホでいろんな課金の仕組みがあって、ユーザーがそれにあわせて遊びたいように遊べるなんて、その仕組みはすごいですね。
パズドラの前にはなかった発想。
発明ですね。

山本:
いえいえ。
発明というか、昔あったものがたまたま今にうけただけ、というか。

– パズドラ生んだだけじゃなくて、育てた土壌ということでガンホー社のスタイルとかその辺も聞かせてください。

山本:
社長の森下がとにかく面白いゲームを作るのが最優先だ、っていう会社なので、プロトタイプを1ヶ月とか2ヶ月とかで作るんですね。その時は事業計画とか予算とかも一切いらないからゲーム作っていいよ、って感じで始まって、面白かったら本格的に開発っていうスタイルなので、作る側としてはベストな環境ですよね。
理想形に近かったです。

パズドラ インタビュー


プロトタイプの過程で生まれた発明

– 1ヶ月ないし2ヶ月のプロトタイプの過程でパズドラってどう変わっていったんですか?

山本:
いやぁ、変わりましたね。
一番最初の企画はダンジョンレイドの影響を受けていたので、ダンジョンレイドっぽいルールだったんですよ。
同じマークをなぞって消す、みたいな。
一番最初にプロトタイプを作るキックオフミーティングみたいなのがあって、半日ぐらいブレストしたんですけど、そもそも面白いけどストイックなゲームだよね、って結論になったんです。
その大きな要因がコンボがない。コンボがないから爽快感がない。楽しそうに見えない。っていう。
詰将棋みたいなゲームになってしまうから、カジュアルユーザーには受けないよね、ってなって。なのでコンボは絶対につけよう、っていう。
コンボつけるにはどうしたらいいんだ、っていろいろブレストして、当時何百本っていうパズルゲーム遊んでいたので、スリーマッチがカジュアルユーザーにはいいのかなっていうところでだんだん形に近づいていったんですよ。

– でも、スリーマッチとは違いますよね。

山本:
えぇ。
スリーマッチだったらカジュアルユーザーに受け入れてもらえるって思うじゃないですか。
でも、嫁にやらせた時にルールがわからないんですよね。

– スリーマッチでも。

山本:
そうなんです。
おんなじ色を縦横で3つ揃えるだけなのに、「おんなじ色を3つ揃えるだけだからやってみて」って遊んでもらっても、普通に指を斜めに、しかもひとマスじゃなくてどこまでも動かしてみたりするんですよ。動かないわけなんですけど。
で、本当のカジュアルユーザーはこうなんだな、と。そこでわかってスリーマッチパズルって業界人だとカジュアルユーザーで、一番敷居の低いゲームだって思えるんだけど、本当にゲームを遊んだことがないユーザーだとわからない。
これはこのままだとまずいな、っていうところで今の自由に動かせるスタイルになったんです。

– ゲームの企画とかされている中で、言うのはなんなんですけど私だったら「あ、それ上下左右、1個ずつしか動かせないんだ」って横からアドバイスして終わってしまうような気がします。
よくそこでその動きをゲームのシステムそのものにしてしまおうと思いましたね。
それってその瞬間、そう思ったんですか?
そのジャンプって相当なジャンプですよ。

山本:
その瞬間もそうだな、って思ったんですけど、実はプログラマーが本当に優秀だったので、もともといろんな動きができるようなモードを作ってもらっていたんですよ。一応、縦横斜め自由に動けるバージョンとか、縦だけ自由に動けるバージョンとか、横だけ自由に動けるバージョンとか。で、どれがいいかな、って遊びながら考えていたんですけど、最終的に自由に動ける方が気持ちがいいし、かつ、普通のスリーマッチ知ってる人ならやる、ひとマスだけ動かしてパズルをやる、って動作も兼ね備えているので、そしたらそういう従来の人たちも入りやすいよね、ってことで今の形に落ち着きました。

– 私ぶっちゃけ今だから言いますけど、最初の3日間はスリーマッチでやってました。

山本:
ですよね。最初わからないですよね。

– で、最初宮さん(@appbank)に「えっ?知らないの?」みたいな。
「AppBankで記事書いてるけど村井ちゃん読んでないでしょ」とか言われて。
で、画面ぐりぐりー、ってやられて、「やっべー!こんな風に動くんだ!!」ってのが一発目。
で、二発目が土日ダンジョンの時のドヤッ、ですね。

山本:
最初社内でもわかってもらえなくて、で、作ってる私達自身も気がついてなくて。
自由に動けるのがいいね、ってのは共通認識としてなってたんですけど、数日後に「こんな風にたくさん動かすとこんなにたくさんコンボ作れちゃうぞ」ってのがわかって。
で、みんなで「これはヤバイね」ってなったんですよ。
ヤバイは2つあって、「新しいルールだからちょっとおもしろいね」ってのと「ゲームにならないね」っての。
ゲームにならないね、ってのは、その時タイム制限がなかったので毎回こういくらでもコンボ作れちゃうぞってなって。
で、そのあとに制限加えないとまずいってなって、それがたしかプロトタイプ作り始めて1ヶ月ぐらいだったかと思うんですけど、そこから時間が決まってて時間内に動かせるだけ動かせるってルールとか、動かせる距離がきまっていて制限ないでしか自由に動かせないってルールとか、、、あとは最終的に着地した今の形なんですけど、ドロップを持ってからの制限時間がある、ってパターン。

– あー。それは今のがよかったですね。
1個違うだけで全然別のゲームでしたね。
動かせる距離で制限がかかっていた場合とか、もう頭使うゲームになっちゃって今のリズムとかテンポ、爽快感とか出てないですね。よかったですね。

山本:
ですね。運です。

Who 山本大介!?

– ちなみに、山本さんの中でガンホー社が理想だったって話があったんですけど、山本さん自身の話をもっと聞いてみてもいいですか?

山本:
僕は唯一スマホで作ったことがあったのが4年ぐらい前ですかね、エレメンタルモンスターTDっていうタワーディフェンスで。
そのエレメンタルモンスターTDってもともと1体1で戦うカードゲームがあって、その外伝っていう位置づけのタワーディフェンスだったんです。
エレモンはハドソンでずーっと育てていたゲームで、最初はドコモの505で作ったゲームで。
今思うと、結構斬新なんですけど、対戦なんですけど当時はリアルタイム対戦が大変だったので、ユーザーのデッキデータをサーバーにアップロードして、擬似対戦をする、みたいな仕組みだったんです。
その後にソーシャルゲームがいろいろ流行ったんですけど。

パズドラ インタビュー


山本大介氏


– あぁ、今でいうロワイヤル系のゲームだったんですね。

山本:
そうなんです。
で、すごかったんです。
その当時、いろんなゲームが載っているサイトの1ゲームとして出していたんですけど、対戦の回数が予想以上にすごくて、月何十万回っていう対戦回数。
で、これ結構いいんじゃない?って。
で、次にソフトバンク版を作ろうってなって、その時カードゲームが流行ってたんですよ。サッカーのカードゲーム。
それに影響を受けて、対戦をしたらカードを貰えるっていう、

パズドラ インタビュー


山本大介氏


– あ、それセガがゲームセンターでやってたあれですね。

山本:
そうそうそう。あれ考えたセガの人、天才だって思ったんですけど。
それを携帯ゲームとして、1回10円ぐらいだったと思ったんですけど、対戦すると勝っても負けてもカードがもらえて、っていうゲームにしたらものすごくうまくいきましたね。
僕、結構エレモンTDとかから見てるとゲームばっかり作ってるように見えるんですけど、結構いろんな新しい仕組みとかサービス方法を取り入れるっていうのが昔からかなり好きで、結構広くゲームを、サービスごと作るってのが多かった気がします。

パズドラ インタビュー


山本大介氏



– それがパズドラのあの新しいものてんこ盛りではありますけど、バランスがとれてゲームとして成立させることができた、っていうところにつながってるんですね。

山本:
なんでかっていうと、いろいろと新しいサービスやってて、結構失敗もしているので。。
いろんなノウハウがあるかな、とは思っています。


まだまだ続くんじゃ!

3本目はこちら→【徹底インタビューその3】パズドラを運営していてびっくりしたこと

全インタビュー記事はこちらから

【徹底インタビューその1】怒涛のパズドラ2012年を山本大介プロデューサーに聞く

【徹底インタビューその2】パズドラはこうして生まれた

【徹底インタビューその3】パズドラを運営していてびっくりしたこと

【徹底インタビューその4】パズドラのモンスターデザイン

【徹底インタビューその5】パズドラの歴史?未来は?

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