【あおガルシナリオ集】小説『いま、この瞬間。』(Twinkle☆Star)
2019年1月31日にサービス終了を迎えたスクウェア・エニックスのアイドルゲーム『青空アンダーガールズ! Re:vengerS(リベンジャーズ)』のシナリオ集をお届けします。
この記事では、特設サイトで公開されていたWeb小説『いま、この瞬間。』(Twinkle☆Star)を紹介します。
小説『いま、この瞬間。』(Twinkle☆Star) ●執筆:稲葉陸
愛美は、飲み終えたドリンクの容器を、グシャリと握りつぶした。
ストレートティーはエネルギーゼロ、脂質ゼロ、糖質もゼロ。ただ摂生すれば良いというわけではないが、愛美は計画的に食事を摂るようにしており、それ以外のものは極力口にしない。なぜなら、アイドルだから。キラキラ輝く、みんなのスターだから。見習い、という域はでないが、少なくとも愛美はそうありたいと思っていた。
だから、目の前で繰り広げられている光景には、どうしても我慢できなかった。
「ん~っ! おいしい♪ このジャンクな味がたまならいよねっ♪」
「あら、本当。新作のスモークチキンバーガー、いい感じね」
まるで学校帰りの女子高生みたいに(実際、そうなのだが)、笑いあうひなたと和歌。愛美の向かいには、ハンバーガーをビスケット感覚で二枚も三枚も平らげる、ご満悦の千尋。そして千尋の横に座った琴音だけが、愛美が噛みつぶしてギザギザになったストローを見て、オロオロと狼狽えていた。
「ひ、ひなたちゃん、和歌ちゃん……。ほら、一応Twinkle☆Starの結成集会だから、もう少し具体的な話を……」
「はぇ?」
ひなたは口の端に、照り焼きソースをつけたままで言った。
「ほらひなた、ソースついてる」
和歌は身を乗り出して、対面に座ったひなたの口をぬぐう。その動きは無駄がなく、まるで長年より沿った夫婦のような自然さがあった。
「ありがとう、和歌!」
「まったく。ひなたは本当に、私がいないとダメなんだから」
少々和歌がひなたを甘やかしすぎな面もあるが、幼ななじみのふたりはこれで幸せなのであった。
「そ、そうじゃなくて……。ひなたちゃんからは何かないかな? 決意表明とか、今後の活動方針とか……」
「ケツイヒョーメー? カツドーホーシン?」
ひなたには、琴音の言葉をうまく漢字に変換できなかった。
「さすが琴音ちゃん、難しい言葉知ってるんだねぇ!」
琴音は苦笑いするしかなかった。
「いい加減にしなさい!」
声を張り上げたのは愛美だ。
Twinkle☆Starのなかで、唯一の三年生。最もアイドルに真剣で、プロ意識の高い、みんなのまとめ役だ。
「アンタたち、やる気あるわけ? ひなたは真剣さが足りなさすぎ、和歌はひなたを甘やかしすぎ、千尋にいたってはさっきからハンバーガー食べてるだけじゃない!」
「だってぇ、ここのハンバーガーは鶏の軟骨を使っててぇ、コラーゲンたっぷりでお肌にいいんだよぉ?」
「え? そ、そうなの?」
「うふふ、嘘だよぉ♪」
「なん、なの、よっ!」
ダンと、愛美は激しくテーブルを叩いた。
琴音はそれを見て、周りのお客さんに怒られないかと、恐る恐る店内を見渡した。
「……ダメ、頭痛い。これが新生Twinkle☆Star? ……不安しかないわ」
「お、落ち着いてください愛美さん。ほ、ほら、今後の話も大事ですけど、ここは友情を深めるってことで……」
「このままだと、溝が深まるわよ」
愛美の正論に、琴音は何も言い返すことができない。
「……ねぇひなた。愛美さん、怒ってるみたいだし、そろそろ真面目に会議しましょうか」
「会議?」
なんのこと? という感じでひなたは首をかしげる。
愛美が本当に爆発しそうなほどフルフルと震えていたので、和歌が慌ててフォローに入った。
「ひ、ひなた!」
和歌が小声で、しかし切迫したように訴えかけると、さすがにひなたも空気を読んだ。
「あ、そ、それならさ、みんなであたしの部屋に来ない?」
ニヘラっとしか形容できない、緩みきった笑顔で言った。
「同じチームメイトとして、みんなと仲良くなりたいし! 愛美ちゃんもほら、学年なんか気にしないでいいからさ!」
「……アンタにはもっと、年上を気にして欲しいけどね」
「ん~っ! こっちのハンバーガーもおいしいぃ♪ エビがぷりっぷりよぉ~♪」
まったくまとまりがなく、なんの進展もなく、時間だけが過ぎていく。
元々、独創的だが真剣味の一切ないTwinkle☆Star(ひなた、和歌)と、真面目だが独創性のまったくなかったラブ・ビューティー(愛美、千尋、琴音)が合体してできた、新生Twinkle☆Star。足並みが揃わないのは、ある意味当然のことだった。
五人も入れば身動きのとれない、ひなたの部屋。
そのなかで愛美はベッドに上り、仁王立ちになって、近くの百円均一で買った小さめのホワイトボードに『議題、役職決め』と書き込んだ。
「これからTwinkle☆Starの役職を決めるわ! いいわね!?」
だが昼間と同じで、愛美を見ているのは琴音だった。あとは思い思いの場所に視線を巡らせ、自由気ままに動いていた。
「今日ね、どうしても見たいテレビがあるんだぁ。だからいまのうちに録画予約しておこうと思って!」
「はぁ……ひなたのパジャマ姿……。お風呂上がりのいい匂い……。この香り、試験管に閉じこめて、採取場所と日付を書いて机の上に飾りたい」
「ねぇねぇひなたちゃん、これ開けていいかなぁ? 開けるね? というか、もう開けちゃったぁ♪」
棚の上にあった小さな卓上冷凍庫を嬉々として開ける千尋を見て、愛美は手にしたホワイトボードを、ミシっとひしゃげさせた。
「お、おおおおお落ち着いてください愛美さん! ほら、パジャマパーティーって、楽しくてついテンション上がっちゃうんですよみんな!」
「だったら、私たちはいつ、まともな話し合いをすればいいの?」
「そ、それは……」
チラっと、部屋の様子を見渡す琴音。多分、永遠に無理なんじゃないかと思ってしまい、慌ててその考えを振り払った。
「もういいわ。私は勝手に続ける。聞きたいひとだけ聞けばいいじゃない」
その言葉すら誰も聞いていないんだけどなと琴音は思った。
「まず、なんといってもセンターを決めないとね。本来なら私が……って言いたいところだけど、ここはひなたにやってもらおうと思うわ」
「え? 愛美ちゃん、何か言った?」
「アンタがセンターだって言ったの!」
「あ、うん。オッケーだよ!」
また、ホワイトボードがミシリと音を立てた。
ユニットのセンターは、まさしく花形。誰もが憧れ、羨むポジションだ。もちろん、愛美だってセンターがいい。だが、先の学プロ承認ライブやその前のレッスンを見て、ひなたが適任だろうと譲った。そう軽い感じで返事をされては困ると思った。
(まあいいわ……。途中で相応しくないと思ったら、引きずり下ろしてやるんだから!)
愛美は野心家だ。
仲間であろうと、本気でぶつかって勝負したいと思っているし、他のメンバーにも自分に対してもそうであって欲しかった。
「ねぇひなたちゃん。冷凍庫にチョコレートが入ってるんだけど……」
「あ、それは食べちゃダメだよ千尋ちゃん」
「そうじゃなくてぇ……。これ、賞味期限がとっくの昔に切れてるんだけどぉ」
取り出し、千尋が掲げる。
正方形の箱に、ハート形の模様が描かれたパッケージ。成分表示の下にある賞味期限は、遥か昔を記していた。
「ねぇひなた。それって……」
「うん。お姉ちゃんにもらったものなんだぁ」
ひなたは懐かしそうに目を細め、千尋からそれを受け取った。
「あたしの宝物だよ。七年前のバレンタインにもらったんだけど……これが、お姉ちゃんにプレゼントをもらった、最初で最後だから……」
それが姉との、楽しかった最後の思い出だと言わんばかりに、愛しそうにチョコレートを抱きしめる。当時十一歳だったすばるが、なけなしのお小遣いでひなたに買ったものだ。
いまひなたの姉は、到底手の届かないところに行ってしまった。
「連絡もとってなくて……いまどこにいるか、あたしは知らないんだぁ」
「まあ、そうだったのねぇ……」
「ねぇひなた……。ちなみに私は毎年チョコレートをあげてるわけだけど……それはどうしたの?」
「どうしたって?」
「い、いや。食べたとか、保存してるとか……」
「えー、食べたに決まってるよ♪ チョコレートって、食べるためにくれたんだよね?」
「そ、そうなだけど……。食べてくれるのは嬉しいんだけど……な、なんか負けた気がして複雑……」
だからといって、ミイラみたいに何年も何年も冷凍庫で保存され続けるのも、なんだか違う気はした。
「次! 参謀を決めるわよ!」
「参謀?」
聞き返したのは、当然琴音だ。
「参謀って、作戦とか立てるひとのことですよね?」
「そうよ。私たちの場合は、レッスンメニューを考えたり、みんなの動きを見てアドバイスしたりする係かしら」
「え? それはプロデューサーとかトレーナーさんがやるでしょうし、両方ともいない場合は、ひなたちゃんがやるんじゃ……」
「もちろん、そうよ。だけどひとりでは手に負えなくなる可能性がある。……特に、ひなただと……」
「……そうですね」
ひなたちゃんなら大丈夫ですよとは、琴音も言えなかった。
「もちろん、私も最年長としてサポートするけど、カバーしきれるか分からない。ということで、参謀は琴音にお願いするわ」
「え、えぇ~! 私ですかぁ!?」
とは言ったが、いまの話の流れだと、それ以外はむしろあり得なかった。
「琴音なら大丈夫よ。勉強もできるし、参謀として向いてると思う」
「勉強は関係ないですよ!」
琴音は、この神楽ヶ丘学園芸能科において、学年二位の成績をおさめている。そのことでよくメンバーからは弄られるが、事実琴音は至極真面目な性格で、普段の勉強もレッスンも怠らない。責任ある立場につくのは妥当だと言えた。
「みんなも、それでいいわよね!?」
「うん♪ 琴音ちゃんなら安心して任せられるわぁ」
「私も、琴音なら異論ないです」
「千尋さん、和歌ちゃんまで……」
「ひなたもいいわね?」
「え? あたし? というか、一体なんの話……」
「いいわね!?」
愛美はこれ以上のグダグダを避けたかった。有無を言わせず了承をもぎ取るつもりだったが、ひなたの保護者である和歌が助けに入った。
「ひなた、琴音をTwinkle☆Starの参謀にするって話よ」
「サンボー?」
「作戦を立てるひとのことよ」
かなりざっくりとした説明だったが、愛美はもうそれでいいと思った。
「あたしも! あたしも賛成! だって琴音ちゃん勉強できるし、大丈夫だよ!」
「あ、ありがとう。ひなたちゃん……」
あっけらかんと言い放つひなたに悪気はない。悪気は、まったくない。琴音は自分に言い聞かせた。
「それじゃあ、新しい参謀の誕生に拍手~!」
狭い部屋に、大きな拍手が巻き起こる。
やや無理矢理ではあるが、昼間の作戦会議から六時間、ようやくひとつTwinkle☆Starのこれからが決まった。
「果てしなすぎでしょ……」
そう。トップアイドルまでの道は、どこまでも、どこまでも果てしない。ひとよりもずっと後ろにスタートラインを引かれている彼女たちにとっては、なおのことだった。
『本日は櫻花すばる特集ということで、彼女を良く知る神楽ヶ丘学園の生徒、天道輝音さんにお越し頂いております』
『はい。よろしくお願いします』
みんなが寝静まった真っ暗な部屋に、テレビの音が響いた。
ひなたはみんなを起こさないように音量を最小にまで絞り、テレビと自分に毛布をかぶせて、光が漏れないようにして観ていた。
「お姉ちゃん……」
神楽ヶ丘学園出身のトップアイドル、櫻花すばる。
彼女は鳴り物入りで姿を現すと、、あっという間に一世を風靡した。テレビで彼女を見かけない日はなかったし、CDは出した端からトップセールスを記録した。
誰もが彼女に憧れ、恋をした。……だがある日、櫻花すばるは、なんの前触れもなく、忽然と世間から姿を消したのだ。
病気、異性関係、巨大な謎の組織に消されたなど、様々な憶測が飛び交った。公式的には休業とされているが、それ以上の情報は何も公開されていなかった。
そして、櫻花すばるは何を隠そう、ひなたの姉だ。
「それ、お姉さんの番組?」
「え……あ、うん」
ひなたが横を見ると、和歌が起きてきてすぐ隣にいた。
「げっ。天道輝音が出てるじゃない……」
「わ、悪いひとじゃないよ、きっと」
ひなたは、同じ学園の先輩でもある天道輝音に、少しキツいことを言われた。そのこともあってふたりは、彼女が櫻花すばるの理解者として話しているのを見ると、複雑な気持ちになる。
「お姉さん、また会えるといいね」
「……そうだね」
和歌の何気ない言葉に、ひなたは複雑な気持ちになった。
(あたしはお姉ちゃんに会いたいのかな……?)
ひなたは姉のことは好きだったが、同時に怖いとも思っていた。
事実、この学園に入ってひなたは、苦しいときは姉を思い出した。姉ならこうするだろうと考えて心の支えにしていた。だが自分が未熟なこともよく分かっていたので、トップアイドルたる姉に会えば、きっと幻滅されるとも思っていたのだ。
「大丈夫よ。ひなたはひなただから」
ひなたが暗い顔をしていたことに気づき、和歌がそっとフォローする。
「別にひなたはお姉さんを目標にしてるわけじゃないでしょ? 私たちは私たちにしかなれない、オンリーワンを目指そうって決めたじゃない」
「……うん」
自分がアイドルを目指していることに、姉は関係ない。ひなたはそう考えている。
「大丈夫。お姉さんはいなくなっちゃったけど、私はいなくならないから」
和歌は、ぎゅっとひなたの手を握った。
「私は、ずっとひなたの側にいるよ」
「うん……。ありがとう」 ひなたは、自分は仲間に恵まれていると思う。
ワガママで、鈍くさくて、手品ぐらいしか取り柄がない自分に、みなついてきてくれる。姉に憧れてアイドルを志したけど、いまではみんなと一緒にアイドルになることが、夢に変わりつつある。
「和歌」
「何?」
「ずっと一緒に、アイドルでいてね」
「……そんなの、あたりまえでしょ」
和歌はいつか、ひなたが姉を追って自分たちの元から離れていくのではないかと思っている。
だけどそれは、まだまだ先の話。
いまこの瞬間は、ひなたや仲間たちと、他にはないオンリーワンのアイドルとして輝いていたいと、そう願っていた。
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