【あおガルシナリオ集】小説『再生の詩』(GE:NESiS)
2019年1月31日にサービス終了を迎えたスクウェア・エニックスのアイドルゲーム『青空アンダーガールズ! Re:vengerS(リベンジャーズ)』のシナリオ集をお届けします。
この記事では、特設サイトで公開されていたWeb小説『再生の詩』(GE:NESiS)を紹介します。
小説『再生の詩』(GE:NESiS) ●執筆:執筆:瀬戸涼一
それは、すべての始まりにふさわしいステージだった。
GE:NESiS(ジェネシス)――神楽ヶ丘学園の中等部にして、無限のポテンシャルを秘めた、創世記という意味のアイドルユニット。彼女たちは、学内開催という小さい規模ながらも、アイドル界の重鎮も観に来るライブに急遽補欠として参加し、見事なステージを披露した。なかでもセンターの麗華のパフォーマンスは 、他の高等部ユニットメンバーをも完全に凌駕していた。
一糸乱れぬ正確なダンス。だがそれでいて躍動感溢れており、他のメンバーを見事に牽引する。そしてそれは歌唱面でも同じで、伸びのある澄んだ彼女の歌声は、メンバーたちと見事なユニゾンを奏で、ステージの奥の奥まで響き渡った。
(これまでで、最高のパフォーマンスだわ……!)
彼女も、メンバーも、そして観客たちも、その共通認識があった。
愚直なほど真摯にレッスンに取り組んできた彼女たちの努力が実を結び、認められた瞬間。誰もが彼女のこれからの活躍を期待したし、神楽ヶ丘学園のナンバーワンユニット、ヴァルキュリアにだって手が届くかもしれないと思った。
しかし、問題はあった。
それは麗華と、他のメンバーに実力差がありすぎたこと。
更菜、希、美雪、理子が悪いわけではない。一線級の力をもっており、特に更菜は、通常であれば、間違いなくユニットのセンターに抜擢される腕前だ。
しかし、麗華が強すぎた。
同じユニット内での明確すぎる実力差は、必ずしも良い方向には向かわない。
彼女たちのライブを観て、そう感じた人物がいる。ヴァルキュリアのトップ、櫻花すばるだ。
すばるはGE:NESiSのため、ヴァルキュリアのため、ひとつの決断をすることにした。
「あ、麗華! どこに行ってたのよ!? このあと打ち上げあるんだから!」
麗華が控室に戻ると、同じユニットの希が駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。少し風に当たりたくて……」
「そう? まあ、時間は破っていないわけだし、別にいいけど」
麗華は浮かない顔をしていたが、希はそのことに気がつかない。
と、そこに麗華といちばん付き合いの長い更菜が近寄ってきて、心配そうに麗華の顔をのぞき込んだ。
「何かあったの?」
麗華は、話すべきか迷った。
だが、冷静に考えると、話さないでいる理由はどこにもなかった。
素直に、ステージ終了後に何が起きたのかを話すことにした。
「櫻花すばるに、会った」
「えっ……? えぇ!?」
更菜だけではない。部屋にいたメンバー全員が顔を上げた。奥の方にいた美雪と理子も、麗華の元へ駆け寄ってくる。
「どういうことですの、麗華さん」
「ただ楽しく談笑していた……というわけではないな、その顔は」
「ヴァルプロに、入らないかって言われたわ」
ヴァルプロとは、ヴァルキュリアが所属する学内プロダクションのことだ。
その言葉を口にした瞬間、部屋の空気が変わった。
「それは……麗華がってことかしら?」
希の言葉に、麗華は小さく頷いた。
「そう」
つまり、櫻花すばるに認められたのは麗華だけ。
自分たちは選ばれなかった。麗華以外は、そう思った。
「良かったね、麗華」
短い沈黙のあと、真っ先に更菜がそう言った。
いちばん素直に麗華を祝福し、認めた。
嫉妬が先立ち、すぐにその台詞が出てこなかった希と理子は、自分を恥ずかしく思った。
「ごめん、麗華。そうよね、喜ばしいことよね」
「すまない。……そうだな。良かったじゃないか」
「いいの。気にしないで」
だが、重要なのはその先だ。
これから麗華がどうしたいか、ということ。
「あの……それで麗華さんは、ヴァルプロに行ってしまうのですか?」
「美雪、それはないだろう。だって麗華はGE:NESiSのエースだ。……そうだろ?」
みなの視線が、一斉に麗華に集まる。
麗華は一瞬だけ逡巡して、言った。
「わたしは……もっと上を目指したい……」
GE:NESiSでとも、ヴァルプロでとも、明確な答えは出さなかった。
だけどメンバーたちは、それで麗華のだいたいの気持ちを察したのだった。
******
「ストップ、ストップ!」
希の声を合図に、全員が動きを止める。
「どうしたんだ、みんな。気が抜けている」
「そうですわ。まるで、首振り機能がない扇風機のようですわ」
「なんで扇風機? よくわからないけど、みんな本調子じゃないよね。……って、あたしもだけど……」
「み、みんな体調悪いのかな?」
更菜が自信なく呟く。いつものダンスレッスンだったのだが、メンバーは明らかに動きに精彩を欠いていた。
「……そうね。今日のレッスンは休みにしようか」
「だ、ダメよ! レッスンは毎日しないと、上達しないじゃない!」
麗華の提案に、希が大きく反対する。
委員長気質で真面目な希は、妥協ということがどうしても苦手だった。
「でも、この調子で続けても効率が悪いわ。とりあえず休憩にしましょう」
「うぅ……わかったわ……」
麗華に言われて、希はしぶしぶ了承する。これまでにはなかった、どこか遠慮のようなものがあった。
「「「「「…………」」」」」
そして休憩中も、誰も口を開くことがなく、重苦しい空気が漂っていた。
「……はぁ。もうやめだ。こういう空気は苦手なんだ」
最初に音をあげたのは理子だった。
何かを振り払うように髪をかきあげ、麗華に向き直る。
「はっきりさせよう麗華。アンタ、どうするつもりなのさ?」
実際、みんな気になっていた。昨日はうやむやにしてしまったが、麗華がどうしたいのか、はっきりと聞いていなかった。結局、それが気になり、みんなレッスンに身が入らないでいる。
「それは……」
「それは?」
麗華は言葉を途切れさせる。
そうやって十分に考えたあと、口を開いた。
「ヴァルプロには、行かない。だって、わたしはGE:NESiSのセンターだから」
きっぱりとした麗華の口調に、メンバーは安堵のため息を漏らした。
「ほ、本当に!? じゃあこれからも、一緒にGE:NESiSを続けていけるのね!」
「その言葉が聞けて安心したよ」
「ええ。麗華さんのいないGE:NESiSなんて、メインディッシュのないコース料理のようなものですわ」
「心配かけたみたいで、ごめんなさいね。でも、これからもよろしく」
そんな彼女たちを見ながら、麗華はこれで良いのだと自分に言い聞かせた。
「麗華……」
だが更菜だけは違った。
みんなが笑顔を浮かべるなか、更菜だけは憂いのある視線で麗華を見つめていた。
「はぁ……もっと練習しないと、麗華に追いつけないわ……」
麗華がヴァルプロに声をかけられて以降、希は麗華と実力差を明確に意識するようになった。
この日も夜中に、こっそりレッスンしようと、学園へとやってきた。
「あれ? 誰か使ってる?」
気分転換にと、いつもと違うレッスンルームを訪れると、そこには先客がいた。
熱心な生徒もいたものだと感心してなかを覗くと、そこにはよく見知った顔があった。
「れ、麗華……!?」
汗を飛ばし、一心不乱に踊る麗華が、そこにはいた。
「……この曲、GE:NESiSの持ち曲じゃなくて……ヴァルプロの……」
麗華は微かにだが、声を出して歌ってもいた。よく見る光景だが、それが自分たちの曲じゃないというだけで、希は何か違うものを見ている気分になった。
麗華の動きには一切の澱みがなく、ヴァルプロのライブを完璧に再現していた。
それだけじゃなく、指の先までキレのあるダンス、目を惹きつけられる緩急あるジェスチャー。希たちが最高のコンディションで、会場の雰囲気やファンの応援に後押しさ
れ、ようやく手の届いた至高のパフォーマンス。
それを麗華はこのレッスン場で、ひとりで実現していた。
(熱量が違う……麗華の気持ちが乗ってる……もうあたしたちとのライブじゃ、麗華を本気にさせられないの?)
複雑な感情が荒れ狂い、この場から走って逃げ出したくなる。それでも希は唇を噛み締め、麗華の姿を目に焼き付けた。
次のライブに向け、新しい振り付けを身につけるため、GE:NESiSのメンバーはレッスン場にこもっていた。
「麗華、話がある。みんなも聞いて」
レッスンを中断し、唐突に希が口を開いた。
「希、急にどうしたのですか?」
「麗華、アンタ、ヴァルプロ行きなよ」
麗華の顔を見て、真っ直ぐに言い放つ。
それは希が麗華のレッスンを見て、一晩中悩み、決めたことだった。
「どうして? わたしが何かした?」
「麗華のせいじゃない……ううん。やっぱり麗華のせいかな?」
「希……」
更菜が小さく呟く。彼女だけが希の気持ちを、考えていることを理解していた。
「急にどうしたんだ希? この前は反対してたのに」
「気が変わったの。麗華はヴァルプロに行った方がいい。ううん。行かないとダメ。でないと……」
「その話は、この前終わったはずよ。わたしはGE:NESiSに残るって」
麗華も、なぜ希が話を蒸し返すのかわからなかったが、以前と同じ結論を口にする。その気持ちに変わりはなかったからだ。
「そうよね。麗華は一度決めたことは、ちゃんとした理由がないと止めたりしないよね。……だから麗華、あたしと勝負してよ」
それは、唐突すぎる提案だった。
「あたしが勝ったらヴァルプロに行って」
「……断るわ。勝負をする理由がないもの」
「おい希。今日のお前、なんか変だぞ」
「別に変でもおかしくもなってないから。麗華、勝負してくれなきゃ、あたしはGE:NESiSをやめる」
「希さん、何を……」
自分がズルい言い方をしているのはわかっていた。それでも、これは必要なことだった。
「……わかったわ。一度だけよ」
希の意志が変わらないことを知り、麗華は重々しく頷いた。
「それと、麗華にはリクエストがあるの。この曲でやって」
希が自前の音楽プレイヤーをスピーカーに繋ぐと、昨晩麗華が踊っていたヴァルプロの曲が流れ始めた。
「こっちの方がやる気がでるでしょ。……麗華が先攻だから」
「いいわ。じゃあ早く終わらせてレッスンに戻りましょう」
麗華の声が、少しだけ低くなる。どんな形であれ、勝負となったら麗華は手を抜いたりはしないし、できない。希の思惑通りだった。
「いくわ」
麗華の力のある歌声が、レッスン場に広がった。
動きは緩急があり、鋭く、美しい。まったく危なげがなく、安心して見ていられる。何度も何度も、反復練習した結果だった。
「麗華さん、綺麗ですわ」
「……まさか、ここまでとは」
「麗華……」
麗華のパフォーマンスは当然のように完璧で、ただのファンならすばらしいと喝采していただろう。でも、毎日一緒にレッスンをする、同じアイドル候補からすればただ魅せられる以上に、圧倒され、その実力の違いを理解してしまう。
やがて一曲歌い終えた麗華が、希たちの方を向く。
「ど、どうしたのみんな?」
希だけじゃなく、理子や美雪、更菜までどこか泣きそうな顔で、麗華の前に詰め寄ってきていた。
「麗華……希の言う通りだ。アンタはヴァルプロに行った方がいい」
「私たちでは、麗華さんのお役にたてません……」
「麗華も、自分の気持ちに素直に……自分のやりたいことをやって?」
麗華は思い悩んだ。
ここでみんなを放り出してしまうのは、無責任だと思う。
だがたしかに、ヴァルプロに挑戦したいという思いは強かった。
正直に言って、最近のレッスンにはまんねりを感じるほどに。麗華にはもっと試したいこと、挑戦したいことがあった。
(だったら……。みんなが背中を押してくれるのなら……)
甘えてみよう。麗華はそう思った。
「……分かった。わたし、ヴァルプロに行く!」
口に出してしまえば、覚悟は決まった。
学内の、いや全国でも有数の学プロで活躍すること。それがメンバーへの恩返しでもあった。
「いまは! あたしたちは麗華を本気にさせられない! 麗華の本気についていけない! でも、すぐに追いつくから!」
「ええ。先に行っていてくださいまし」
「うん。わたし、行ってくる。そして、みんなを待ってる」
この日、一度GE:NESiSは分裂した。
みなで再び、再会できる日を夢見て、麗華を送り出した。
決意を新たにした麗華は、すぐレッスン場から出ていった。
やると決めたからには妥協も躊躇もなく、目的に向かって走り出す彼女らしかった。
「これで、良かったのですよね?」
そう言う美雪の声は震えていた。最善だとわかっていたが、感情は別だった。
だが、それ以上に……。
「良くないわよ」
「希?」
誰よりも、希がつらかった。
「良くないわよ! あたしが、あたしたちが! もっと麗華に負けないくらい、うまくやれていたら……!」
希の頬には一筋の跡ができていた。痛くなるほどに拳を握りしめ、嗚咽を漏らした。
「でも、まだ終わりじゃない……だよな? いまは無理だけど、すぐにアタシたちもあそこまでいくんだろ?」
「もちろんよ。絶対……絶対に、麗華の隣まで行くんだから!」
「ふふ……それでこそ希ですわ。きっとできますとも」
理子と美雪に励まされ、希の拳から力が抜けていく。
しかし胸の内に生まれた熱は、マグマのように滾っていた。
「レッスン始めるわよ。これからは一分一秒だって、無駄にしないんだから」
大きく深呼吸した希が、声を上げる。
強く、決意に溢れた声だった。
「ああ。いつまでも湿っぽくはしていられないな」
「瞬間湯沸かし器のようなって、こういうときに使う表現ですのね」
「いや、それは違う……ってあれ? 更菜はどうしたんだ?」
さっそくストレッチを始めた希たちは、更菜がいなくなっていることに気がついた。
「麗華もみんなも凄いな……。でも、私は……」
レッスン場を出た更菜は、麗華を追うでもなく、ひとりぼんやりと廊下を歩いていた。
(これからどうしたらいいんだろう……)
すぐに辞める気はなかったが、麗華もいなくなったいま、最近微妙に居づらさを感じているGE:NESiSに、居続ける理由もあまりないような気がしていた。
(私、みんなの足を引っ張ってばかりで……GE:NESiSの邪魔になっちゃうかも)
事実は逆である。麗華がいなくなれば、実力的には更菜がセンターをするのが最も適当だ。しかし本人はその後ろ向きすぎる性格が故に自覚がもてず、また周囲も更菜にセ
ンターをとられることを恐れて、素直にそのことを言い出せないでいた。
「高等部になったら、私もGE:NESiS抜けた方がいいのかな。……それに」
更菜は麗華がいなくなったことで自分のなかに生まれた考えを、慌てて振り払う。
そんなことを考えるなんてどうかしている。自分はどうしてしまったのだと、更菜はその場にしゃがみ込んだ。
中等部ながら、学園で有数の人気を誇ったGE:NESiSはこの後、表舞台から一度姿を消す。
彼女たちの再生の詩が響き渡るのは、全員が高等部にあがり、とあるプロデューサーとアイドルに出会ってからのことだ。
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