【あおガルシナリオ集】小説『無人島漂流系アイドル、プリティ→プリンセス』
2019年1月31日にサービス終了を迎えたスクウェア・エニックスのアイドルゲーム『青空アンダーガールズ! Re:vengerS(リベンジャーズ)』のシナリオ集をお届けします。
この記事では、特設サイトで公開されていたWeb小説『無人島漂流系アイドル、プリティ→プリンセス』を紹介します。
小説『無人島漂流系アイドル、プリティ→プリンセス』 ●執筆:稲葉陸
「ありえない……。ホント、ありえないんだけど」
瑠璃花の呟きは、突き抜けるような青空へと吸い込まれていった。
「へー、ここが今回の無人島ね!」
瑠璃花とは対照的に、これからの撮影が楽しみで仕方がない茜は、ニカッと照りつける太陽に負けないほど大きな笑みを浮かべる。島全体を見渡し、水と食料は調達できそうか、どちらがどの方角か、使えそうな漂流物はないかと、早くもサバイバルモードに入っていた。
「茜、知ってる? わたし、一応アイドルなんだけど」
「知ってるよ。だってアカネもアイドルだし」
「じゃあ、その銛は何? お客さんに向かって投げるの?」
「物騒なこと言わないでよ。魚を獲るに決まってるでしょ」
「それはアイドルじゃないと思う」
「何言ってるの。最近のアイドルは投石機まで作ってるんだから」
「あのひとたちはそっちが本職だから」
はぁとため息をつき、瑠璃花は歩き出した。
「大丈夫! 脱出成功率五分の二を誇るアカネがついてるんだから!」
「負け越してるし」
「さ、最初の二回は不慣れだから仕方なかったの! いまじゃイカダだって一晩で造れるし、火の熾し方だって五パターンぐらい知ってるし、瑠璃花ひとりぐらいなら守ってあげられるから!」
「ワイファイ」
「え?」
「ワイファイ、ある? わたし、ネットから十二時間以上隔絶されると、血吐いて倒れる病気なんだけど」
「わいふぁい……」
わたわたと狼狽えて、周囲を見渡す茜。もちろん、こんな孤島にネット環境などあるわけがない。しかしそれでも茜は瑠璃花のためになんとかしようと、手近な木の棒を取り上げた。
「何、してるの?」
答えず、茜は木の棒で砂浜に何かを描き始める。ほどなくして、それはできあがった。
「はい! わいふぁい!」
そこには、砂浜に描かれた手書きのワイファイマークがあった。
「…………」
あまりのしょうもなさに、頭痛を覚える瑠璃花。
目頭を押さえ立ちつくしていると、その間に打ち寄せた波が、ワイファイマークをきれいにさらっていった。
「ありえない……。ホント、ありえない……」
プリティ→プリンセスのふたりに舞い込んだ、無人島からの脱出を目的としたサバイバルネット番組。翌日にはイカダを造って海にこぎ出し、隣の有人島にたどり着けばクリアとなる。
いつもは茜ひとりで参加している恒例企画。そこに省エネアイドルを標榜する瑠璃花が参戦することとなった。
水着に着替えた茜が、岩場から勢い良く海に飛び込む。
その飛沫は体育座りで見ていた瑠璃花の顔にかかり、それだけで眉間にしわを寄せた。
「ぷはっ! 気持ちいい!」
「そう。良かったね」
「もう、いつまでふくれてるのよ! 逃げ道はないんだから、腹決めちゃいなさいよ!」
「省エネ主義の私は、お客さんの前以外では極力何もしないの」
「カメラ回ってるでしょ」
「そこは編集でいい感じにして」
「素材がなきゃ編集も何もないでしょ。ほら、スタッフさんも困ってるし」
瑠璃花は通常、ファンの前やカメラの前では、別人のように愛想が良い。だけど今回は本気で凹んでいるので、取り繕う元気すらなかった。
(ネットどころか、物理的にも隔離されてるなんて……)
瑠璃花は茜に比べ、度胸がなかった。斜に構えて熱しにくいポーズをとっているが、それは物事に正面からぶつかるのを恐れている節があるからだ。前に一度、プリティ→プリンセスを結成したときに茜とバンジージャンプをしたが、本人もあのときはどうかしていたと思っている。
とはいえ、瑠璃花はまだ十五歳。無人島に置き去りにされて平然でいられないのは、無理もなかった。
「せめて瑠璃花も泳ぎなさいよ。水着でばちゃばちゃやってれば、それなりに画になるでしょ? アンタが撮れ高あげてる間に、アカネは獲れ高あげる! どうよ、この完璧な作戦!」
「ネットの海なら泳いでもいい」
「え? ネット? 投網漁がいいって?」
「うるさい。面白くない」
茜は内心で、頭を抱えた。
日本を発つ前から、瑠璃花に元気がないのは気がついていた。いつもローテンションだが、それとはハッキリ違い、落ち込んでいると。なのでここは無人島経験のある自分が瑠璃花をフォローし、できれば撮影を楽しんで欲しいと思っていた。
(瑠璃花とふたりで旅行って、ちょっと憧れだったんだけどな)
だがそう上手くはいかない。少しでも瑠璃花を励ます方法はないかと、茜は頭を働かせた。
「そうだ瑠璃花、ワイファイならあるよ」
「嘘」
「本当だって。マジで隔絶された孤島だとしたら、何かあったとき危ないでしょうが」
瑠璃花が顔を上げる。どこに? と顔だけで聞いた。
「瑠璃花の後ろだよ」
振り返る。すると、カメラを構えていた男性スタッフと、ファインダー越しに目があった。
「まさか、フレームの外に答えがあったなんて……。まるで叙述トリックのような真相」
瑠璃花は虚ろな瞳でふらっと立ち上がり、スタッフに向き直った。
「る、瑠璃花……?」
茜は瑠璃花を元気づけようと、軽い気持ちで言った。
だがその言葉は想像以上に瑠璃花の言葉をかき乱してしまった。
瑠璃花はおぼつかぬ足取りで歩き出す。そして両手を伸ばし、まるでゾンビのような体勢でスタッフに詰め寄った。
「わい……ふぁい……よこせぇ……」
スタッフにとって、無人島の過酷さで我を忘れている瑠璃花の画はおいしい。
ワイファイ・ジャンキーと化した瑠璃花に、彼は逃げることもせずカメラを向け続けた。
「わいふぁい……わいふぁいあああー!」
「瑠璃花ー!?」
岩場に押し倒されるスタッフ。
茜が慌てて海からあがり瑠璃花を引き剥がすまで、スタッフはカメラから手を放さなかった。
「やっぱり森にしましょう! よく考えたら、海に入っちゃうとアカネのナイスバディが見えなくなっちゃうし!」
あれから瑠璃花が落ち着き、撮影が再開できるのを待っていると、早くも夕方になっていた。ふたりは海岸から森に入り、食料を捜してさまよっている。
「どうでもいいけど、お腹すいた」
「分かってるって。だからいまから探すんでしょ」
水は茜が落ちていたペットボトルで簡易浄水器を作ったので、なんとか確保することができた。だが、食料はそう簡単にはいかない。下手な野草や木のみは毒があるかもしれないし、動物は当然のように、逃げる。一日二日食べないところで命に別状はないが、明日にはイカダを作って脱出することを考えると、体力的に何か口にしておきたかった。
「けど、こんな島に何があるの? バナナとか?」
「バナナ……もあるかもしれないけど、あまり期待しないでね」
「じゃあ、なんならあるの?」
「何か、よ。ていうか瑠璃花、この場所で名前のついたものを食べられるだなんて、あんまり考えないほうがいいわよ」
「名前のついたもの?」
瑠璃花はよくわからない、というふうに首をかしげた。
茜が言いたいのは、スーパーにならんでいるような、好んで食べたいと思える食料はない、ということだ。
「あ、これなんか良さそう」
茜は一本の木の前で立ちどまり、ひとつの果実をもぎ取った。
「なんか大きい桃みたいで肉厚そう!」
しかし、喜々としてはしゃぐ茜とは対象的に、瑠璃花は顔を引きつらせていた。
「何、それ……。よくそんなの、素手で触れるね……」
「触るどころか、これから食べるんだけど」
「食べる……!? その、なんだか得体の知れない何かを!?」
瑠璃花はようやく茜の言葉を理解した。
そしてその瞬間、猛烈に帰りたくなった。
「理解できない……」
瑠璃花を無視してパッチテストを始める茜。パッチテストとは、食べようとしている食物に毒があるかどうかを確かめる方法だ。果汁を腕にこすり付け、しばらく放置して皮膚が赤く腫れなければ、第一段階はクリアとなる。
もちろん、瑠璃花は茜が何をやっているのか理解していなかったが、もはや突っ込む気力もなかった。
「よし、これで問題なければ……」
しかし、異常はすぐに現れた。
「……あ、い、痛っ! ヒリヒリする! すごくヒリヒリするわよこれ!」
痛みがあるということは、毒があるということ。しかもこれほど短時間で分かるということは、かなり毒性が強いことを意味している。
「痛い。あっ……あっ……電気が走ったみたいに……う~変な感じぃ~……」
「茜が何をしてるかよく分からないけど、スタッフの反応で、それだけは絶対に食べちゃダメなやつってよく分かった」
スタッフは片手でカメラを持ちながら、空いた手と首を思い切り横に振り、ものすごく険しい顔をしていた。
「も~! 早く何か見つけないと、日がくれちゃうわよ~!」
「やっぱり植物はダメ。毒あるし。わたし、最期はPC冷却ファンの音を聞きながらって決めてるから」
「だったら動物を捕まえるしかないかもね」
瑠璃花は捕まえた野生動物を捌く姿を想像した。もっと無理だった。
「いっそ、何も食べなくても……」
「アカネが何か獲ってきてあげる! 瑠璃花は砂浜で待っててね!」
茜は瑠璃花の言葉を聞かず、颯爽と森の奥に消えていった。
瑠璃花は後悔した。さっき海で大人しくしていれば、きっと茜が何か魚を獲ってきてくれただろうに、と。魚であれば、見た目もさほどキツくないだろうし、味だって自分の知っているものとさほど変わらない気がした。
「ホント、無理なんですけど……」
そう言った瞬間、ウゲーッ! という、謎の怪鳥の鳴き声が響いた。
茜が捕まえてきたのは、広い意味では動物だった。
しかしほ乳類ではなく、瑠璃花が想像すらしなかったものだった。
「そろそろいいかな?」
すっかり日も暮れた、真っ暗な海岸に真っ赤な炎が灯っている。
茜と瑠璃花は、炎にくべられた巨大なヘビとトカゲの丸焼きを挟み、向き合っていた。
「はい、どーぞ」
瑠璃花は思った。こんなのは、アイドルじゃない。
「頭おかしいんじゃない?」
「え? なんで?」
「説明いる?」
「……やっぱダメ?」
「なぜいいと思ったのか分からない」
ヘビは瑠璃花のほうを向いて、大きく口をあけていた。まるで小さな瑠璃花の身体ぐらいなら、まるっと飲み込んでしまえそうなほどの迫力。そんなものに、瑠璃花は口をつける気にはなれなかった。
「鶏肉みたいでおいしいんだけどな」
そういって茜は、トカゲの丸焼きに噛みついた。
それは率先して口をつけることで、少しでも瑠璃花が食べやすいようにという配慮だったが……逆効果だった。
「理解できない」
「瑠璃花もどう?」
「食べるわけない。……わたし、もう無理」
瑠璃花はその場に立ち上がった。
「瑠璃花?」
「帰る」
「え? ど、どうやって……」
「朝一で帰る。スタッフに外の島に連絡してもらう」
「それは、リタイアするってこと?」
「そう」
まったく無名のプリティ→プリンセスにとって、それは致命傷になりかねない決断だった。プリティ→プリンセスは今回のような過酷な企画を率先してやることで、他のアイドルと差別化して仕事をとってきた。だけどそのアドバンテージすら手放すということは、アイドルとしてメディアに露出する機会を永遠に失うと、そう言っても過言ではなかった。
「……そう」
茜はそれだけ言って、食べていたトカゲを置いた。
そして責めるでもなく、ゆっくりと口を開いた。
「ま、そうだよねー。こんなの、普通のアイドルには務まらないし。やっぱり、愛と美貌あふれる、スーパーアイドルアカネちゃんぐらいにしか、できない仕事なのよねぇ」
いつもみたいに笑いながらの、軽口。
瑠璃花はそんな茜を見て、なおのこと怒りを募らせた。
「どうして茜はいつもそうなの?」
「何が?」
「無人島に放り込まれて、トカゲ食べさせられて、同じユニットのわたしには文句ばかり言われて。……どうして平気なの?」
「どうして……。それは……」
「それは?」
茜は言葉を詰まらせた。話すべきかどうか、迷っていたからだ。
真面目な話をするのはキャラじゃない。それに、恥ずかしい。そういう思いがあった。
だけど茜は、自分の身体を張った芸風に瑠璃花を巻き込んでしまい、責任を感じていた。それに何より、瑠璃花とは笑ってこのロケを終えたい。……最終的には、その気持ちが勝った。
「……アカネってば、はしゃいでるのよ」
「まあ、それはいつものことだよね」
「そ、そういうことじゃないって!」
「じゃあどういうこと?」
「……瑠璃花といられるのが、嬉しいの」
「え?」
茜は顔を真っ赤に染めた。
「だ、だから! ……嬉しいのよ。アカネなんかと、ユニット組んでくれてさ」
「……何をいまさら」
「それはそうなんだけど……」
やっぱり、こんな話をするのはガラじゃない。
だけどここまで来たら、もう覚悟はできていた。これからふたりでやっていくには、伝えておかなければ、いや、伝えておきたいことだったから。
「アカネってば面倒で苦しいことって大嫌いで、前のユニットとかでも問題起こしまくってたのよね。だから、メンバーからも総スカンくらっちゃってさ。アカネがたまに真面目にやろうとしても、まともに取り合ってくれなかったの。……そしたら、いつの間にかユニットが解散してた」
自業自得だなと、瑠璃花は思った。
だけど口にはしない。茜自身がそれを悔いて改め、そして実際に変わったことをよく知っていたから。だったら、改めて指摘する必要はない。
「解散記念ライブとか、やってたよね」
「ちょっ!? なんで知ってるの!?」
「電子の海で泳いでいるときに、ちょっと」
「アカネの黒歴史なんだからやめてよね! あのときは解散すらネタにしないといけないくらい、追い込まれてたのよ!」
茜はコホンと咳をして、仕切り直す。
「解散して独りになってみて、ふと思ったのよ。自分はあのメンバーと何も残せなかった、何も築けなかった、自分は必要のない存在だった、って。……遅すぎるけど、それで本当に変わろうって思った。だから……」
「だから……?」
「瑠璃花といると、自分は実際に変われたんだって思える。いままでは誰も相手にしてくれなかったアカネのこと、瑠璃花は気にしてくれる。バカじゃないの? とか、理解できない、とか、言ってくれる。前のメンバーは、アカネには極力関わらないようにしてた」
「それが、嬉しいの?」
「そう。理解できないって台詞は、理解してくれようとしてる証拠だから。……だから、瑠璃花となら、何か残せるかもしれないって思うの」
「……どうしてそうなるかな。ホント、理解できない」
瑠璃花はハッとして口を押さえた。
そして茜の言うとおり、瑠璃花は自分で思っている以上に、茜のことを気にかけるようになっていたことに気付く。プリティ→プリンセスを結成したばかりの頃は、茜のことに興味などなく、むしろ早く解散すればいいと思っていたのに。
「……はぁ。言いたいことはわかった」
「そりゃどうも」
「だけど……」
「うん?」
「そんなくさいこと、真剣な顔で語って恥ずかしくないの?」
茜は真顔のまま、固まった。
そして表情を変えず、頬を紅潮させていく。
揺らめく炎にあてられたのだとしても、不自然すぎるほど真っ赤だった。
「う、うううるさい! 何よひとがせっかく真面目に話したのに! だから嫌だったの! ていうか!? アカネだってキャラじゃないって分かってるし!? ……も、もう何よ! バーカバーカ!」
「煽り耐性低すぎワロタ。アカネって絶対、ネットで悪口書き込まれて、すぐにレスバ始めちゃうタイプ」
瑠璃花はそれだけ言うと、目の前のヘビの丸焼きが刺さった棒を手に取った。
「は? 何やってんの?」
「うるさい。明日、イカダ漕ぐんでしょ? ……食べないと、絶対に体力もたないから」
そう言って、ヘビの丸焼きに噛みついた。
「瑠璃花……」
「……最悪。この味、一生忘れない」
瑠璃花にとって、元は続ける気などまったくなかったプリティ→プリンセス。
だけどいまでは、なくてはならない面倒くさい場所。
茜には絶対に言えないけれども、そう思っていた。
「……ホント、ありえない。ヘビまで食べたのに、結局脱出できないとか」
無人島ロケが終わり、神楽ヶ丘学園に帰ってきたふたり。あの夜をきっかけにふたりの距離は縮まったかと思いきや、むしろ以前よりも離れていた。
「あー、また言った! もうあれから三日も経ってるのに!」
「茜が脱出先の島を間違えた。わたしは違うって何度も言った」
「仕方ないでしょ! 漕いでるうちに方角が分からなくなっちゃったんだから!」
ふたりは一応、無人島から脱出して他の島に降り立った。降り立って、泣いて興奮して、抱き合いながら喜んだ。だけどそこにスタッフが近づいてきて、申し訳なさそうに言った。ここ、違う島です。……ふたりには、再びイカダに乗って海にこぎ出す体力も気力も、残っていなかった。
「わたしの涙を返して」
「ていうか瑠璃花こそ、ちっともイカダ漕がなかったじゃん! もっと協力してくれたら、潮に流されなかったかもしれないのに!」
「初めからわたしの体力をあてにするほうが間違ってる」
「開き直るな! もー! せっかくいい感じに分かりあえたと思ったのに、どうしてこうなるのよー!」
青い空に向かって吠える茜。瑠璃花はそれを冷ややかに見つめながら、呟いた。
「……はぁ。やっぱ、リアルってクソだわ」
ふたりが本当の意味で分かりあい、トップアイドルに登り詰めるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
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