ティム・クック時代時代における「Appleのネーミング戦略」の現状
2010年に裁判所は、通常であれば「i」の文字があるからといって、それがApple製であるとは思わないと主張し、彼らの訴えは失敗に終わってしまいます。
2010年以降といえば、Appleが新製品に「i」を使わなくなった時期です。そして11年にはCEOがジョブズからティム・クックへと代わりました。
クックがCEOに就任したあと、Appleの名称ルールは明確に変わりました。代表的なのが2015年に登場した「Apple Watch」です。この製品は当初誰もが「iWatch」と呼ばれることを予想していました。
ティム・クックはインタビューでApple Watchと名付けた理由を聞かれてこのように回答しています。
「我々も、iWatchという名前も考えましたが、私はApple Watchの方が好きです。あなたはどう思いますか?」と回答しました。
なぜクックがこのような曖昧な回答をしたのか、正確な意図はわかりませんが、おそらくAppleのネーミング戦略が今までと違う方向に向かっていることを示唆していたのだと考えられます。
そのためiWatchと名付ける事ができたにも関わらずApple Watchという名前を選んだのです。
「i」を使わなかった理由の1つとしては、Appleという名称は商標登録されていますが「i」という文字を商標登録できなかったからでしょう。
ただ、ユーザーがスマートウォッチを買おうとしたときにApple Watchという名前を見れば、誰が作った製品なのかが一目瞭然になります。
結果的に、ユーザーと商品と企業を直接的に関連付けさせる、効果的なブランディング戦略になったのです。
昔は、Appleという会社を知っている人は多くありませんでした。しかしiPodは知っていました。もしiPodでは無く「Apple Music Player」と名付けていたら、もっとブランド認知度が向上していたかもしれません。
このようなネーミング戦略の変化はAppleにとっては珍しいことではありません。
Appleは2006年に「iBook」を「MacBook」に置き換えています。
その理由は、ジョブズが「すべてのコンピュータにMacという文字を入れたい」と考えたからです。
これは、同じ年に「PowerBook」を「MacBook Pro」に置き換えた理由にも当てはまります。
また今の製品名は「i」ではなく「Apple」を付けられる事が多いです。
例えば「iPencil」ではなく「Apple Pencil」、「iCard」ではなく「Apple Card」、「iTV」ではなく「Apple TV」などです。
ただし「Apple TV」は2006年に発売されたものであり、現在行われている「i」から「Apple」への移行には含まれません。
実はAppleはiTVと名付けたがっていて、発売の数週間前までApple内ではiTVと呼んでいました。
しかし、イギリスの同名のテレビ局との著作権問題で、直前になって「Apple TV」に改称されました。そのため、2006年の発表会を見ると、ジョブズがiTVと紹介しています。
つまり、商標権争いに勝てないとわかった為、Apple TVという名称を使わざるを得なくなったということです。
この出来事は「i」という文字を商標登録できないことや、ネーミング戦略を変更する必要があるかもしれないということを、Appleに考えさせたのです。
もしかするとAppleにとっては嬉しい事故だったともいえるかもしれません。
そしてAppleは2010年のiPadを最後に、新製品に「i」を使用することをやめました。
またこの変更は、ハードウェアだけに適用されたわけではなく、ソフトウェアにも受け継がれています。
Appleは「iOS 11.3」でiBooksアプリを「Books」と変更しました。2015年、macアプリの「iPhotos」は「Photos」になりました。
そしてついにmacOS「Catalina」でAppleは「iTunes」を完全に書き換えて、代わりに「Music」と呼ぶようになりました。
Appleは、もう「i」という文字に興味がないのかもしれません。
しかし、Appleの既存製品はどうなるのでしょうか。
Appleの「i」が付く製品の中には、Appleの歴史上最も成功した「iPhone」と「iPad」の2つが含まれています。
Appleが過去にこのような状況にどのように対処してきたかに基づいて、いくつかの可能性が考えられます。
1つ目の可能性は、iBookやPowerBookのように、新バージョンが出たときに製品名を変える可能性です。近い将来「iPhone」が「Apple Phone」になるかもしれません。
しかし、iPhoneという名称が世界的に認知されていることを考えると、変わらない可能性も十分にあり得ます。
2つ目の可能性は、完全に新しい製品が登場してiPhoneなどの人気が落ちるまで、名前を使い続けるという可能性です。
これはまさに、iPodで起こったことです。AppleはiPhoneを導入し、それがiPodの売上を劇的に縮小させ、最終的にほとんどのモデルが廃止されています。
最後の可能性は、既存製品には「i」を付けたままにして、単純に新しい製品に「i」を避けるという可能性です。
とはいえ、ブランディングを重要視するAppleにとって、製品名が重要なものであることは間違いありません。かんたんに「iPhone」を捨てるとは思えませんが、「Apple Phone」が発表される日はすぐそこなのかもしれません。