「iPod touch」の販売から見えるAppleの販売戦略とは?
見落とされがちな「iPod touch」の特徴を紹介します。
それは、「iPod touch」がAppleの値上げの影響を受けていない唯一の製品であるということです。「iPod touch」は2012年当時と同じ価格である199ドル(約25,000円)で販売されていました。
もし、iPhoneが同じような価格設定であれば、フラッグシップモデルは1,000ドル(約130,000円)ではなく、現在でも650ドル(約84,000円)で販売されているはずです。
このことは、Appleが意図的に「iPod touch」をできるだけ手ごろな価格に抑えようとしていることを意識している証拠です。
iPodの中にも「nano」「classic」「shuffle」といった他のモデルがあるにも関わらず「iPod touch」が優遇された理由は「iOS」が関係しています。
「iPod touch」以外は、専用に設計された独自OSを搭載していました。ユーザーにとっては使いやすく良いことですが、Appleにとっては最高のビジネス戦略とはいえませんでした。
それは、最も人気があり収益性の高い製品であるiPhoneが「iOS」を搭載しているからです。また、将来的にiPhoneを購入する可能性のあるユーザーに、「iOS」に慣れてもらいたいという狙いもあります。
そして「shuffle」「nano」「classic」を廃止することで、AppleでiPodを買う選択肢は「touch」だけになり、必然的に「iOS」のエコシステムに引き込まれ、後にスマートフォンを買うときにiPhoneを選ぶ可能性が高くなるのです。このような長期的なビジネスへのアプローチは、まさにAppleの特徴です。
Appleは常に、1回の取引の価値ではなく、顧客の生涯価値を重要視しています。
その為、Apple Storeのスタッフは、顧客単価は意識していません。彼らは、ユーザーが今求めているものだけを販売します。そして、そのユーザーが数年後に新しいスマートフォンやノートブックが欲しくなった時にAppleで再度、買い物をしてくれることを狙っているのです。
つまり「iPod touch」はAppleにとって最も手頃な価格のiOSデバイスなのです。そして「iOS」を搭載した唯一のiPodでもあるため、幅広いお客さまにとってAppleを知ってもらう理想的な商品だったのです。
マーケティングについて知っておくべきことは、子どもは最高の顧客であるということです。多くの子どものユーザーは、スマートフォンを持つ年齢になる前に、iPadやiPodのような中間的なデバイスを使用します。
そして、子供は自分が欲しいものを親にねだる際に慣れ親しんだブランドを選ぶ傾向があります。また、その好みは大人になっても変わりにくいのです。
Appleができるだけ早くiOSデバイスを若い子供の手に届けることができれば、長い目で見れば大きな利益をもたらすはずです。なぜなら、彼らは最初のスマートフォンとして「iPhone」を選び、おそらく「MacBook」や「Apple Watch」にも興味を持つはずだからです。これはAppleのエコシステムに定着している証拠なのです。
Appleが「iPod touch」で大儲けすることにこだわらず、手頃で手に入れやすいデバイスを通じてAppleブランドを知ってもらい、「iPod touch」を長期的な顧客を引きつける手段として利用していたのです。
「iPod touch」の理想的な顧客は子どもだけではありません。
「iPod touch」は、iPhoneが高価すぎて売れにくい中国やインドなどの国際市場にとっても、最適なデバイスなのです。
もう一つの強みは、商業的な場面での利用に向いているという事です。実際にレストランに行くと、店員がメモ帳に書き留める代わりに「iPod touch」を使って注文を入力していることがあります。
また、iPodならではの使い方もよくされます。例えば「iPod touch」が最もよく使われているのは、専用の音楽プレーヤーとしての使い方です。
なぜなら、大多数の人がスマートフォンを所有しているにもかかわらず、音楽を聴くことだけを目的にデバイスを持つことを好む人がいるからです。実際、2014年に「iPod classic」が製造中止になると、アメリカの通販サイトでの再販価格はピーク時には1,000ドル(約130,000円)まで急騰しました。つまり、大容量のiPodにまだどれだけの需要があったかを示しています。
多くの人は、音楽ストリーミングが普及する前から、人生を通じて蓄積してきた音楽コレクションを所有しています。その音楽コレクションをすべてiPhoneに入れてしまうと、アプリや写真など、他のものに必要なストレージを圧迫してしまいます。
そうなると「iPod touch」のような専用の音楽プレーヤーを購入するのが、より合理的な選択肢になります。
もちろんiPodを利用すれば、iPhoneのバッテリーを節約し、音楽コレクションを好きな場所に保存することもできます。例えば、いつもクルマの中で音楽を聴いているなら、iPodを接続しておけば、クルマに乗り込んだらすぐに音楽を聴くことができます。あるいは、職場でしか音楽を聴かないのなら、iPodをデスクに置いておけば、iPhoneをいじる必要もありません。
さらに「iPod touch」にはイヤホンジャックを搭載している為、お気に入りのヘッドフォンやスピーカーに接続する際に、とても便利です。
このように、Appleが「iPod touch」を当面の間存続させる理由は十分にあったのですが、その将来はまだ不透明なままです。
第7世代「iPod touch」の登場からは、すでに3年が過ぎています。安価なiOSデバイスとしても「iPhone SE」が主流になってきており、今後新モデルが登場する可能性は「のぞみ薄」と考えたほうが良いかもしれません。